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遠いゴール

平成6年10月。貿易部長と夕食をとった後、ロサンジェルス郊外のコスタメサにあるウエスティンホテルを一人でこっそり抜け出し、お気に入りの店までレンタカーを走らせた。コストプラスという店に入り、1年前の記憶を頼りに主通路を進み、奥のビール売場で立ち止まりお目当ての液体を探した。一番下の陳列棚に3本だけ売れ残った瓶が埃をかぶっていた。その瓶の正体は、ミュンヘンが誇る世界最大のビール祭「オクトーバーフェスト」を記念して、地元の老舗醸造所SPATEN(シュパーテン)が、毎年秋に発売するビールだった。

店員に在庫を確認したところ、その店員はバックルームにあった1ケース(355ml×24本)を抱えて私のカートに乗せてくれた。日本に帰国する朝、その24本の瓶を1本ずつ新聞紙に包み、着替えが詰まっているトランクに無理やり押し込み、ロサンジェルス国際空港のチェックインでそのトランクを預けた。「割れ物や貴重品は入っていませんか」と係員に聞かれたが「ありません」とだけ答えた。

この出張では、すでにカリフォルニアワインを12本買っており、それが木のケースに入っていた。その木箱は機内に持ち込むよう指示され、保安検査場でX線検査装置に通し、私は金属探知機を無事に通り抜けた。ベルトコンベアに乗せられX線装置から出てきた木箱を受け取ろうとしたとき、金髪をアイビーカットにした意地悪そうな眼をした大柄の男性検査員に呼び止められた。「この瓶の中身は何ですか」「ワインです」「赤か白か」「両方です」「では、箱を開けなければならない。赤は特別なセキュリティーチェックが必要だ」「えっ・・・?」

次の瞬間、いたずら小僧のようにニヤニヤとした目に変わり、「私はテイスティングをしなければならない」「・・・?」「赤ワインが大好きなんでね。いいワインかどうか確かめなければならない。ハハハァー!」と検査場は大笑いに包まれた。

搭乗時刻の案内があり、ボーイング747の機内に入った。その便はほぼ満席のようで、狭い通路を重い木箱を両手で抱えながら慎重に一歩ずつ前進した。人をかき分け機内の中程まできた時、銀縁の丸い眼鏡をかけた恰幅のいいご老人が陽気な笑顔で私に大きな声をかけてきた。「ダイナマイトを持っているのかい?」とっさに「Yes, Red and White」と返すと、機内は大爆笑になった。当時は、航空機のテロが頻発する前の、良き時代だった。

その出張で手がちぎれる思いでワインとともに日本まで運んできたのが極上のSPATENビールだった。そのビールを日本で飲むことができる祭典が10月に横浜赤レンガ倉庫で開催されることを知り、行くことにした。ただ行くだけではつまらない。そこでだ。10月12日、新潟シティマラソンに出て汗を流し、その足で横浜オクトーバーフェストに行きSPATENを飲むという無謀な計画を立て、一番短い10kmの部にエントリーをした。中学のマラソン大会で5kmを走ったのを最後に、長距離走とはご無沙汰をしていたのだが・・・。

当日の朝、陸上競技場に行くと、集まった精鋭達がウォーミングアップをしていた。私はできるだけ体力を温存するため、その場で静かに膝の屈伸をしながら、膝が痛くならないよう祈った。雲一つない秋晴れの青空の下、8時ちょうどにスタートの号砲が響き渡った。白山神社を背にして西堀通を進み、柾谷小路に入り萬代橋へと脚を動かした。道路の真ん中から見る街の風景は、パンフレットにある写真のひとコマのように輝いていた。

萬代橋を渡り右に折れ、信濃川の右岸沿いの3km地点で時計を確認すると、明らかにオーバーペースだった。人に抜かれるとムカっとして抜き返してしまうので、気がつくとペースが速まっていたのだ。マラソンが趣味の友人からはオーバーペースにならないように1km6分で走れときつく言われていたのだが、気がついたら1km5分を切るペースになっていた。この際このペースで行けるところまで行くことにして、歯を食いしばった。案の定、5km地点で右の膝が痛くなり、あとは気合のみでゴールまでたどり着き、タイムは52分だった。まだ私のマラソンは終わっていなかった。

成績証明書を受けとるや否や、痛めた右脚を引きずりながらオフィスまで20分歩き、速攻で着替えて新潟駅に向かい、妻と合流し新幹線に飛び乗った。疲労と脚の痛みで、みなとみらい線の馬車道駅の階段では、手すりに全体重をかけ、やっとのことで登りきる有り様だった。会場でSPATENのジョッキを傾け、20年振りに再会を果たした液体を喉に流し込んだのが午後の1時過ぎだった。私の新潟シティマラソンのゴールは、新潟市陸上競技場ではなく横浜赤レンガ倉庫で、タイムは5時間10分だった。琥珀色のSPATENが疲れのすべてを流してくれた。(小島 正晴)
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